風俗街の王様吉原とは!

意外と深い吉原の歴史

男なら一度は聞いた事があるであろう風俗街の王様と言えば東京の吉原ではないでしょうか。行った事ある方もない方も、吉原の秘密について知りたくないですか?今回は吉原がいつ、どんな理由で作られたのか、意外と知られていない吉原の秘密に迫って行きたいと思います。

下着姿の風俗嬢

さっそく吉原の歴史から見ていきましょう!行った事がある方はわかると思いますが現在は東京都の大東区言う場所にあります。しかし最初の吉原は江戸幕府が発足したばかりの頃に日本橋の芦屋町と言う場所に作られました。現在は日本橋人形町と言う地名に変わっています。当時日本橋の芦屋町は人が住む家もほとんどなく、周りは沼地ばかり。そして強盗なども頻繁に起きており治安も最悪だったみたいで人も近付かないような場所でした。そこで売春街はある程度一般的な家庭からは離した方が良いと言う理由でこの場所が候補地となりました。

ちなみに吉原を作ったのは幕府なんです。幕府って現在で言うと政府ですよね?当時の総理大臣的人間が風俗街を作ったんですwではなぜ風俗街である吉原を作ったのか説明したいと思います。江戸幕府開かれてからどんどん江戸が開けていき、全国各地から人が集まり人口が増えてきました。しかし集まってくるのは男ばかりだったんです。圧倒的な男の多さに結婚出来ない男性で溢れていたんです。もちろん女性が少ないので性処理する事も出来ませんよね?そういった理由で吉原が作られたんです!

そして次に将軍が変わった時に、さらに吉原の人気が大爆発したんです。分かった人もいるかも知れませんが「大奥」が出来たんです!少し前にドラマ化された大奥ですが当時は三千人ほどの女性がいたと言われています!当時は全国から働きたいと言う女性が集まってきていたので最高級の美女と遊べるのは富裕層だけだったみたいw

明治や、大正に入ると幾度となく火事や災害に見舞われ、昭和には東京大空襲で全燃してしまいます。その後も国の決まりで全店舗が一斉廃業に追い込まれました。しかし、皆さんもご存じの通り現在でも立派に営業していますよねwこれから先も男性を癒すオアシスとして消える事はないでしょう。

かなり駆け足で説明しましたが、吉原は歴史が深く神聖なものなんですね。(笑)